鹿島槍ヶ岳登山
9月の三連休で鹿島槍ヶ岳へ。
当初、中央アルプスの木曽駒・空木に行こうとしたがかなりの混雑と聞いて行き先を変更し、甲斐駒や白馬も候補に挙がったのだけど、パーティーにアルプス初心者が3名いること、東京・大阪・山梨の3方面から集合する必要があることからこの山にしました。

実際に歩いてみて、
・危険な個所がほとんどなく、道が整備されている。
・東京と大阪からの交通アクセスが割と楽。(早朝出れば昼に合流可能)
・山小屋で区切ることが可能
というところから、僕らのパーティーにはちょうどよかった。
パーティーは、僕、弟、妻、妻兄、妻会社同僚Mさん、弟友人H君の6名。
登山口で落ちあって、互いに自己紹介して登り始めたわけだが、大学時代のワンゲルの登山みたいに和気あいあいとしていて終始楽しかった。



一日目はひたすら登り。足をつった御仁もいたが、どうにかこうにか登れて安堵。小屋の前で飲んだビールが格別だった。
山小屋は種池山荘、冷池山荘とも込み合っていたが、6人で相部屋だったので、狭くてもどうにかなる範囲だった。

二日目には晴れ渡って、北は白馬、南は槍、黒部渓谷を挟んで剣や立山も眺めることができて楽しかった。
鹿島槍は南峰から北峰の間が急峻な岩になっていて緊張する。ぜひ行きたいとする3人に往復してもらって、その間、僕はMさんと岩稜の上で壮大な景色を楽しみながら話をした。

三日目は朝から雨。出る頃には小雨・霧雨程度になって行動に支障はなかった。赤岩尾根も思ったほど怖くなかった。一か所、尾根の下り始めに崩壊しているところがあった。
林道は弟に先に車を取りに行ってもらって、弟車で大町温泉の薬師の湯で汗を流した。松本駅まで送ってもらって、皆とお別れした。



 
今回はアルプス初心者が3名いて、東京・大阪・山梨在住者がいたため、このコースにしました。
一泊目は種池山荘で区切り、あとは同じです。


1日目の柏原新道。弟は柏原さんと登山口で会ったそうだ。


2日目、種池山荘からの朝焼け


種池山荘


爺ヶ岳に向かいます。


鹿島槍への登り


鹿島槍の南峰から北峰へ


五竜岳にのびる急峻な尾根


鹿島槍ヶ岳南峰


北峰から冷池山荘へ下る


2日目、小雨の中、赤岩尾根の下り。唯一緊張したところ。


鹿島槍を見ながらの下り


| 山登り| 22:03 | comments(0) | trackbacks(0) |

北アルプス登山(新穂高温泉→鏡平小屋→笠ヶ岳→笠新道)
妻と弟とSさんとで、8月11日から13日まで北アルプスの笠ヶ岳に行ってきました。
初日の行程から雨が降り出し、新穂高温泉から双六小屋まで進むことを諦めて、鏡平小屋で泊まりました。2日目は台風の通過で山小屋から出ることもできずに、停滞日。山小屋にあった「岳」という槍穂高周辺を舞台にした登山救助の漫画を読んだり、UNOを20ゲームしたりして過ごしました。
3日目はようやく雨がやんで(といっても雲が低く垂れこめていた)、朝4時半から夕方17時半までひたすら歩いて、笠ヶ岳ピークにあがり、笠新道を下山しました。
最後は足が棒になって、うまく膝に力が入らなくなったわけだけど、充実した山行でした。

13日は安曇野に泊まって、14日の午前中に大阪に移動して、妻の実家に泊まってご馳走をいただきました。15日は妻の母親の手作りのパスタをいただき、四天王寺の万灯供養を見て、帰京しました。



いよいよ入山ですが、このあと雨に見舞われます。


秩父平。高山植物が咲き乱れ美しいところ。




笠ヶ岳のテントサイト付近。槍が雲間から見え出します。


笠ヶ岳


| 山登り| 23:19 | comments(2) | trackbacks(0) |

北アルプス縦走(上高地→蝶→常念→大天井→燕)
7月17日から19日の三連休で初めての北アルプスに行ってきました。

16日は仕事を終えた後、新宿から夜行バスに乗って、上高地へ。
新宿は蒸していて、たくさんのバスが次々にやってくる。
僕らと同じようにザックを背負った登山家たちがバスに乗り込んでいく。
バスは普通の観光バスと基本的に変わらず、熟睡など期待できない。
それでもうとうとを繰り返しながら上高地着。

7月17日(土)
上高地から梓川沿いを上流に向かって歩いていく。
上高地はヨーロッパのアルプスの山岳景観をそのままもってきたような風景が広がっていた。
梓川の水のやや青みを帯びた透明さにも驚いたし、そこに屹立している穂高の山の急峻さにも驚いた。
1時間半ほど歩くと徳沢。氷壁の舞台と書かれているが、小説の氷壁はとうの昔に記憶の奥底に沈んでいて思いだせない。好きだったNHKのTVドラマでは上高地は舞台ではなかった(代わりに僕は三つ峠に行ったわけだ、小説では三つ峠なんてでてきたんだろうか?今更ながら気になる)。少なくとも氷壁のドラマは僕が山に再び登るきっかけになったわけだ。




 








徳沢から、長塀(ながかべ)尾根にとりかかる。
ここまで、たくさんのカラフルな登山者たちと歩いていたわけだが、この尾根はマイナーなのかほとんど人がいない。
ちなみにこのコースは、山と渓谷2008.7の「森林限界を超えて」で紹介されていたわけで、森林限界をずっと歩けるものかと思いきや、そんなことはなくて、登り4時間はひたすら樹林の中を歩いた。
景色も見えないので、ザックが重ければ苦しい登りである。僕と妻は出てくる植物などをいちいち観察しながら登っていたので、その点、気を紛らわすことができた(おかげで、スローペースだったが)。







4時間登って樹林限界を超える。すぐに蝶ヶ岳のピーク。
槍、穂高の山並みが梓川の谷向こうにそびえていて、その前方にもくもくとした雲が流れている。
ピークに寝転がって、そんな景観を見ていると疲れが癒えてくる。
しばらくすると、雷の音が突然する。
あわてて、今晩の宿の蝶ヶ岳ヒュッテに入る。
ヒュッテであてがわれた寝床で、13時くらいなのに昼寝を決め込む。
そうこうするうちに眠気がやってくる。外は雨。
夕食の時間17時過ぎに起きると、雨はやんでいて、山小屋には登山者たちのカラフルな雨具が干されていた。雨が降っているのをちゃんと見ていなかったか ら、ちょっと、キツネにつままれたような思い。

夕食に呼ばれて、そそくさと食べ終わる人を尻目に最後まで食堂に居残ってごはんをのんびり食べる。隣の席には、長塀尾根を抜きつ抜かれつ一緒に登った女性の単独登山者と一緒になる。旦那さんが仕事で忙しくなって一人で来たとのこと、コースも同じだった(そして、下山まで僕らは抜きつ抜かれつという感じだった。)

夕食後に外に出て、槍・穂高の展望を楽しむ。谷から雲がわきでて、ガスとなってこちらの尾根に吹き付けてくる。その合間に迫力のある槍・穂高が垣間見える。







朝、4時半には起きて、朝日が昇るのを眺めにいく。
今日はすばらしく快晴。
昨日、見え隠れしていた槍・穂高も全貌を表している。
景色を眺めていたせいで、5時の朝食には定員オーバーで間に合わず、5時半から朝食をとって、そそくさと山小屋を出る。
少し歩いては、山の写真を撮って、また少し歩いてという感じ。
自分がこの山道を歩けることの幸せ感に包まれる。
常念岳手前に登りあり。
その前の休憩で、大福餅とどらやきを食べたせいで、身体にブレーキがかかって、登りがきつかった。
常念岳からは長い下り。(逆の登りは大変そう)
常念小屋まで一挙に下る。途中、ガレたところもあって、足元用心。











常念小屋からは、トレッキングといった趣で、山の中腹につくられたアップダウンのある巻き道を歩いていく。
高山植物も咲き乱れて素晴らしい。
槍・穂高側は相変わらず晴れ渡っているが、安曇野側は雲がもくもくと湧いている。
その雲が稜線のあたりで、槍・穂高パワーと拮抗して、逡巡している。
まるで、雲の波打ち際が稜線上にあるみたいで、面白い眺め。















そうやってのんびり歩いて14時頃、大天荘に到着。
気持ちの良い感じの山小屋だ。
相部屋はちょっと狭い感じはあるけれど、共有スペースが広く、食事も美味しく、食堂からの眺めも素晴らしい。
水は貴重で、雨水と沢水を使っているらしく、洗顔禁止にはちょっと驚いた。冷たい水で軽くタオルで拭くくらいにする。
夕刻の景色はすばらしく、テントサイトの脇に座って、のんびりと妻と話をする。なんとも優雅な夕方だ。

朝ごはんは4時半。朝日が昇ってくるのが食堂の窓から眺められる。なんとも贅沢である。こういうのはお金でははかることはできない。
5時過ぎには出発。小屋から燕(つばくろ)岳までの稜線が朝の淡い光に浮かび上がって美しい。
稜線上には涼やかな風が吹いていて、とても気持ちよい。
右手には八ヶ岳の山並みのさらに右に富士山が浮かび上がってきた。
燕岳はの稜線は、独特の岩模様。
まるで燕の尾を連想させるような岩のために燕岳というんじゃないのかなとも思った(※真実は、春の残雪の形が燕に似ているから燕岳だそうだ。)。
燕山荘はヨーロッパ・アルプスのリゾートにでも来た雰囲気がある。
広がりがあって、空が伸びやかに広がっていて、しゃれたロッジと岩の峰々が広がっているところが。登山者も帽子から靴下までカラフル。
燕山荘にザックをおいて、最後のピーク、燕岳をアタック。
なんともいい山である。なんで百名山から漏れてしまったんだろう、恐らく104位くらいか(適当だけど)。
燕岳からコースタイムを大幅に縮減する2時間で中房温泉へ下る。恐らく二百人くらいは登山者を抜いたんじゃないかな。途中の山小屋では下界から荷揚げリフト使って揚げられた、名物のスイカも味わったし満足。
帰りは野趣あふれる中房温泉でひと風呂浴びて、穂高駅まで乗り合いバスに乗り、松本駅から特急で帰宅。素晴らしい連休だった。























| 山登り| 20:30 | comments(0) | trackbacks(0) |

茅ヶ岳登山
今年の第一回目の登山は山梨県の茅ヶ岳(かやがたけ)

予定コースタイムより、かなり早いペースで山頂につき、下りもあっという間。
最初の登山ということで足慣らしには良い山だったが、もう少し歩きたいような気もした。
登山口から新緑の雑木林(落葉樹林)が広がり、歩いていて楽しい山だった。
行きは女岩ルート、帰りは尾根ルートで、深田公園の登山口から往復した。
山頂からは、甲斐駒ケ岳や仙丈ヶ岳といった南アルプスの白い山々と、八ヶ岳が望めた。


9:50登山口(深田公園)→茅ヶ岳山頂(お昼ご飯)→13:30登山口


カラマツの芽吹き まるでアート作品


こちらもアート作品みたいな鮮やかなグリーンの芽吹き


ミツバツツジ

| 山登り| 22:22 | comments(2) | trackbacks(0) |

八ヶ岳(赤岳)縦走登山
9月19日から21日にかけて二泊三日で八ヶ岳登山に行きました。
アルプスに行ったことのない僕と妻が選んだのは、昭文社のアルプス登山ガイド(旧版)の巻頭に載っていた八ヶ岳の赤岳のコース(だけど、後で他の登山者に聞いたところによると、八ヶ岳はアルプスとは言わないなとのこと)。


このコース通りに行きました。クリックすると画像が大きくなります。
初心者コースとは言えないかも・・・。


19日は朝10時の特急あずさに乗ろうとしていきなり間に合わず、結局、甲府経由で茅野駅まで。
バスに乗って美濃戸口に着いたのが15時。林道歩きから始まって、渓流伝いに歩いて、赤岳鉱泉に着いたのは17時半。
山の上部にガスがかかっていて全容はわからない。
山小屋では早速小さなお風呂につかって、18時から夜ごはん。
秋刀魚が出てくるからびっくり。
夜は大部屋でさっさと寝るが、いつも5〜6時間しか寝ていない習慣のせいか、3時ころには完全に目が覚めてしまって眠ることもできない。都会人の性か。


赤岳鉱泉までの渓流伝いの登山道


赤岳鉱泉の夜ごはん


朝ごはん

朝ごはんを食べて、いざ出発。
小屋から赤岩の頭までは樹林帯。快調ペースで中高年の登山者を牛蒡抜きにした(結局、この登山3日間、何人もの登山者を抜いたけれど、誰にも抜かれなかった)。
稜線まで出ると、海上に残っている台風の影響か、風が結構強い。物を出すと、たちまちどこかに飛んでいく感じ。
硫黄岳はだだっぴろく、火口が口をのぞかせている。
硫黄岳から横岳、赤岳の稜線には少し緊張するところがあるが、割合歩きやすい。
赤岳には11時着。早いけれど、ここで山小屋で作ってもらったお弁当を食べる。なんともいい気持ちだ。
赤岳の下りからが予想以上に困難だった。急な岩場で、ガレが出てくる。鎖や梯子も、学生時代に慣れ親しんだ北海道の山々ではついぞ見かけなかったものだったから、緊張した。
キレット小屋を抜け、これで怖いところも終わりだろうと思っていたら、権現岳手前の長い梯子、これが案外怖かった。
まだ岩肌に手をおいていたほうが安心感があると思うのだが、梯子は人工物である分、頼りないし、それがかなり長いので、心臓がどきどきした。下は見ないようにして、どうにかこうにか登る。雨の後とか滑りやすいとかなり冷や冷やしそう。
こういう怖い思いをすると、山登りに対して、謙虚になる。
権現岳を超えて、この日は青年小屋(15時半着)まで。
さすがに膝もがくがくして疲れた。
小屋では美味しい夕ご飯と、中高年の登山者たちの山談義をひとしきり聴くことができて楽しかった。
岩場も慣れということらしい。
青年小屋の夜は寒かったが、朝まで特急便でぐっすりだった。


硫黄岳の手前


赤岳への登り




富士山


赤岳登りで硫黄岳を振り返る


赤岳の下りから赤岳を見上げる




長い梯子


登り中(妻撮影)


梯子を横から見る


青年小屋の夕ご飯


三日目。5時半の食事の前に外に出てみると、富士山が朝日に輝いていた。
6時過ぎに小屋を出発。編笠山は展望が素晴らしく、雲海の上に富士山やアルプスが浮かんでいて、さらに後ろを振り返ると八ヶ岳の峰々が屹立していた。
編笠山からの下山は跳ぶようにおりる。途中、登山者と二百人くらいすれ違ったかな。
下山は8時半くらい。タクシーが来ないかなと待っていると、やってきた一台目が登山者を乗せたタクシーだった。なんともラッキー。道の駅の延命の湯(入浴は10時〜)で下してもらって、ゆっくり温泉につかった。
帰りは小淵沢から特急あずさ。
天候に恵まれて、充実した三日間だった。
来年はいよいよアルプスに行きたいな。


雲海からのぞく富士山


青年小屋の朝ごはん。手作りのしゅうまい。


編笠山の登りから青年小屋を振り返る


編笠山から富士山を望む


南アルプスの山々


八ヶ岳の山々。真中が赤岳。
| 山登り| 17:39 | comments(2) | trackbacks(0) |

屋久島(宮之浦岳縦走)
5月4日から7日にかけて、屋久島の宮之浦岳を縦走してきました。

初日は羽田から鹿児島へANA(マイレージ)で飛びました。飛行機からは富士山がくっきりと見えました。


飛行場からバスで港へ移動して、ロケットという高速船で屋久島宮之浦港へ。
港からバスに乗り30分で安房。
お弁当屋さんのもっている民宿松峯壮で一泊。
夜は風来り(ぶらり)で屋久島の焼酎でほろ酔い。

翌日、安房から早朝5時のバスの乗って荒川登山口。
外は暗く、バスは山道を右は左へカーブをとりながら登っていく。
40分揺られて荒川登山口で降りる頃には少し車酔い。
荒川登山口は縄文杉に向かうツアー客でいっぱい。
(あとでわかることだが、この日の登山客は僕らだけだったようだ。)
そうこうするうちに雨も降り出してきて、準備体操もせずに、押し出されるように登山開始。
登山開始といっても、ツアー客の長蛇の列の中に入って、昔の伐採杉のトロッコ道をひたすら歩くだけ。
沢沿いの道で、途中で出てくる巨岩に水しぶきあげる迫力満点の谷間に魅了される。



トロッコ道の終わりから山道に入って標高をあげていきます。
妻が次から次へと出てくる杉の大木の写真や苔の写真なんかをとっているので、後ろからやってくるツアー客に次々と追い抜かれます。
ゆっくり歩いているおかげでまったくといっていいほど縄文杉までは疲れませんでした。
縄文杉は立派でためいきが出るけれど、ここでも写真を順番にとっていかなければならないほど、人でいっぱい。
それでも満足感は高かった。





縄文杉より先に進み、高塚小屋(小さな小屋で好き好んで泊まりたくなるようなところではなかった)を過ぎると、ツアー客は誰もいなくなり、森と僕ら二人だけになった。
高塚小屋から1時間ほどで新高塚小屋。
僕らはテントを今回は使わないと判断して(雨天だったし、GWの終わりなので混まないだろうと予測)、テントを宿にデポしてきたのだが正解だった。
小屋には僕らが到着した14時前には誰もいなかった。
(その後登山客が少しずつ増えだして、最後は20人近くになっていたと思う。ただ、その登山者のほぼすべてが僕らと逆コース(つまり、淀川口→ピーク→小屋→荒川口)だった。)

昼寝タイム2時間ほど取った後に、小屋の前で夕食。
夕食はお湯を袋に注ぐと15分後にドライカレーになっているという超簡単なレトルト。(僕は大学時代ずっと山をやっていたけれど、ここまで簡単なレトルトは初めてだった。)
下界では食べたくなるような代物ではないが、うっそうとした森の中で、一日のほどよい疲れのあとに食べるものとしては、不思議なことに美味しいような気がした。
食後には沢水で冷やして作ったプリンなんかもいただいた。
屋久鹿が僕らのおこぼれにあずかろうとうろうろしていたが、結局敢えて何もあげなかったのに、僕らの食後のテーブルをぺろぺろ舐めていたのには苦笑してしまった。





翌日は5時前に出発。
まだ外は暗く、ヘッドランプの明かりを頼りに山道を登る。
暗いと道がよくわからなくなって、本当はやらないほうがよかったかもしれない。
第一展望台の手前で日が昇ってきて、少しずつ世界がモノトーンになり、色づいてくる。それがとても不思議だった。
第2展望台を抜けると、完全に高山帯。
花崗岩の巨岩が点在する奇異とも言える山岳景観が素晴らしかった。




ピークは雲海の上。
隣の永田岳や翁岳などが望めて、なんとも満足度が高い。

ピークを降りていって、ようやくこの日の行動で初めての登山者と会う。その後も淀川口から日帰りや新高塚小屋泊まりの登山者に30人近くお会いしたと思う。

降りていく途中の平石というところが気持ちよい。
平らな岩の上に寝そべって、吹き抜けていく風を感じると、なんともいえない。
目の前にはヨーロッパ的な岩の山容の黒味岳のピークにいる人たちがよく
見える。





その後、小さな湿原帯を越えて、淀川小屋へ。小屋の前の淀川は緩い流れにも関わらず、透明度のある川で美しい。次回はここを沢登りしたら面白そうだなと思った(多分、緩い流れで難しくないんじゃないかな。)

小屋から登山口までは30分程度。妻はここで駆け抜けるようにして飛ばしたのであっという間だった。
登山口には、ちょうど登山客を送ってきたタクシーに交渉して、安房の町に連れていってもらう。
おかげで14時には下界。
明るいうちに民宿のお風呂に入って疲れをいやして、畳の部屋でねっこ転がっていた。



夜は近くの「磯のかおり」という料理屋でお寿司や刺身盛を食べる。
ここの魚の鮮度が素晴らしく、とても美味しかった。
鯖は獲った後にすぐに首を追って鮮度を保つらしく、これまで食べた鯖の中で一番美味しかった。



最終日は、安房のベーカリーでパンを買って、川を眺めながら朝食。12時のフェリーで鹿児島へ渡る。
タクシーの運転手お勧めのとんかつ屋で、黒豚の柔らかさに舌鼓をうった。重たいザックは鹿児島から送って、僕は空身で飛行機に乗って、帰りました。
帰りは吉祥寺のユッカでカレーとベルギー白ビールを飲みました。

なんとも充実したGWでした。
| 山登り| 22:59 | comments(0) | trackbacks(0) |

雲取山から石尾根縦走


GWの後半に行く屋久島の宮之浦岳のプレ山行として、奥多摩の雲取山(2,017m)に1泊2日のテント泊で行ってきました。
1日目が上の地図の赤線、2日目が青線で、ほぼ奥多摩の稜線を歩ききったことになります。


1日目は奥多摩駅から8時45分のバスに乗って奥多摩湖畔の「鴨沢」というバス停に降り、登山開始。初めは桜なども咲いていて、遅い春を堪能できた。同じバスに乗ってきた人たちの中でも先頭に近い感じで主稜線まで登れた。思った以上に快調。
稜線上はガスってはいるものの、無事、奥多摩小屋も過ぎて、雲取山へ。
最初から奥多摩小屋前のスペースでテントを張るつもりだったから、テントを張ってから、荷物を軽くしてピークに向かえばよいのに、なぜだかそのまま背負って登り続ける。
妻が登山靴にかかとが当たって痛そうでここからペースダウン。


雲取山直下はまだ雪が残っているが、ただ残っている程度で、歩くのにはなんら支障はなかった。
ピークからはアルプスや富士山が見えるはずだったが残念ながら何も見えない。
多くの登山者はピークの北側にある雲取山荘を利用していたようだった。深田久弥の百名山の一つということで、各地から人が登ってきている印象があった。





奥多摩小屋まで戻ってテントを張る。山でテントを張るのは、なんと6年ぶりくらい。妻はテントもシュラフも初めてということで楽しそうだった。
テントサイトは晴れていれば景色が眺め渡せるような気持ちのよいところにあるのだが、残念ながらずっとガスに覆われたままだった。
16時過ぎにインスタントラーメンの簡単な夕食食べて、ハーパー飲んでそのまま眠ってしまっていた。
夜、寒くて何度か目が覚める。どうやらテントの底用にマットを用意しなかったせいで、湿った地面から熱がどんどん逃げてしまって、冷やされていたようだった。
夜中にはガスがとれて、東京都内とは思えないような満点の星空。まさに星が降ってきそう。
その後もしばしば目が覚めて、そのたびにシュラフの底に身体をうずくめるようにして無理やり夢の世界に戻る。
朝の4時で、寒くてこれ以上眠れないとわかって、妻を起こしてスープとベーグルのご飯を食べる。外はちょっと出たくないくらい寒かった。





何やかにやで出発は6時50分頃。ガスの中をゆっくり歩く。
そのまま石尾根と呼ばれる稜線伝いを歩いて、七ツ石山、鷹ノ巣山を越えて、奥多摩駅まで。
七ツ石山では、雲の間から、真っ白な富士山が拝めた。ありがたい。
鷹ノ巣山から城山まではブナやシイの雑木林があって、とても気持ちがよい。





六ツ石山以降はひたすら下りで膝ががくがくした。
登りのときはあれほど人を抜けたのに、ここからは何人もの登山者に抜かれた。まぁ仕方ない。
14時に奥多摩駅に着いて、ビールで乾杯して、帰宅。

プレ山行としては申し分がなかった。二年ぶりの登山で山慣れもしたし、テント泊もできたし、自分の体力もわかった。
奥多摩は登山というより山歩きという雰囲気の山塊で、以前行った川乗山よりもずっとこちらのコースのほうがよいように思いました。
ただ、次回、東京近郊の山に登るならば、奥多摩以外に行くことになると思います。
| 山登り| 18:50 | comments(0) | trackbacks(0) |

「三つ峠」登山
今年、山登りを再開したのは一重に春先にやっていたNHKの井上靖原作ドラマ「氷壁」の影響だった。
そのドラマの中で、出てきたのが三つ峠だった。
そういうことで三つ峠に行くために、高尾山と川乗山でプレを積んだわけだった。
思い入れがあったにもかかわらず、出発は8時。乗り換えて延々電車に乗って河口湖駅についたのは10時半だった。
尾根を登って高度をかせいでいくのだが、最初はバックに湖があり、雑木林を吹き抜ける風も気持ちよく、傾斜もきつくなく気分がいい。
3時間ほど歩くとピーク。
ピーク手前のコルに本州らしく山小屋が3つもあって、さらにピークには太陽発電用の巨大な板があるは、NHKの電波塔があるはで、下界が確実に続いている感じがあって、興醒めといえなくもないが、そもそも関東近辺の山に北海道の山のような荒々しさを期待するのがおかしい話なのかもしれない。
ピークからは晴天ならば富士山が見えるはずなのだが、しっかりガスの中。それでもお弁当を広げて、満足感にひたる。
ピーク直下は岩壁になっていて、たくさんのロッククライマーでにぎわっている。当然、小樽の赤岩を思い出させたが、ここのすごいところは、岩を登っているすぐ下を普通の登山者が歩く仕組みになっていること。落石とか怖くないのかしらん。ロッククライマーたちは心なしか都会の余分な肉が頬からそぎ落とされていて精悍な感じの方が多い。
岩壁のあたりは、この山を印象深いものにする。何もない時代は、それこそ修行僧のような人たちの山だったらしいけど、その頃は神を感じさせるものもあったのだろう。今やそこにNHKが君臨しているわけだけど。
下山は道に出てからが案外長い。山梨県が補助金でももらって開発したような、あまり人に使われなさそうなキャンプ場らしきもの等もあって、今更ながらやはり地方は見直しだよな、って思ってしまう。
三つ峠駅に着いたらとっぷり暮れていた。(ドラマでは、下山の長さはなく、駅での別れの部分しかなかった。)
まぁとにもかくにも、今年の目標が達せられました。
来年は屋久島の宮之浦岳でも行きたいなぁ。






| 山登り| 23:59 | comments(0) | - |

川乗山(川苔山)登山
奥多摩の川乗山(川苔山)登山に行った。
11時にJR鳩ノ巣駅を出て、ピークに13時半、JR古里駅への下山が16時半過ぎと長々と山を歩き回っていた。
標高の低いところは谷間沿いの日当たりの悪いところは杉林で、日当たりのいいところは広葉樹林。
登りではシカやリスなども出てきて楽しめた。
ピークでの眺めは奥多摩の山々が見渡すことができるが初めての山々ばかりでそれも似たような緑で覆われた山なので特筆することもない。
奥多摩の魅力の味わえるコースとしてガイド本では紹介されていたけれど、正直言って、今後もう一度登るかどうかは微妙。
低山という割には、長時間歩かなくてはならず、杉林は変化がないからね。
個人的には北海道の山のように樹林帯から程なくしてハイマツや高山植物帯の尾根に移ってくれたほうが好きかな。(というか、それにあまりに慣れすぎてしまっているのかもしれない。)

高尾山、川乗山までは、実はプレ山行の位置づけでした。
目標はそもそもの登山再開の契機ともなったNHKドラマ「氷壁」で出てきた山梨の三つ峠だったのです。
天気さえよければ今月のどこかの週末で狙おうと思います。











| 山登り| 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |

高尾山へ
東京に来てから初めての山登り。
まずは足慣らしということで高尾山へ。
さすが東京だけあって、登山道には人がたくさん。
ケーブルカーやリフトもあるせいか、ピークにはさらに人もたくさんという感じで、峠の茶屋的なお店も並び、山というよりかはちょっとした観光地といった趣。
それでも身体を動かして、新鮮な空気をたっぷり吸って、リフレッシュしたのでした。
今年は東京近郊の山をいくつか登るつもり。

| 山登り| 19:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
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