なぜ景観規制を各自治体が行えるようになったのか。
景観条例による広告物の規制についてのニュースをいくつか新聞で目にした。
そこでネットでその経緯を調べてみた。
(短時間で調べているのでかなり漏れがありそうですが、あまりまとめているページがなかったのでとりあえず参考用にまとめてみました。
また時間のあるときに掘り下げてみたいと思います。)


1)経緯 景観法の制定⇒法的強制力のある景観条例の策定

もともとは景観法の制定(2005年6月施行)に起因しているようだ。
景観法によって法的な規制に実効性を与えたためだ。そのため、これまで条例に反していても法的罰則を受けなかったのが、法的罰則を与えることが可能になったというわけだ。
都市緑地法、屋外広告物法とともに景観緑(みどり)三法と呼ばれている。


□景観法の制定以前 
法律の委任に基づかない自主条例のため、建築確認の際に必ずしも従う必要はなかった。

□景観法の施行後
地方自治体が景観に関する計画や条例を作る際に、実効性をもたせることができるようになった。
ただし、直接、都市景観を規制している訳ではなく、景観行政団体が景観に関する計画や条例を作る際の法制度となっている

具体的には
・景観計画区域内の建築等に関して届出・勧告による規制を行うとともに、必要な場合に建築物等の形態、色彩、意匠などに関する変更命令を出すことができる。
・景観計画は、景観行政団体が策定するが、住民が提案をすることができる。

2006年8月時点で、17団体が景観計画を策定した。
http://www.keikan-net.org/keikan_keikaku/keikan_keikaku.htm


2)各自治体の取り組み

○東京都
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/topics/h18/topi021.htm
景観計画の素案

2007年4月施行 東京都の改正景観条例
・屋上広告物等への規制
http://smartwoman.nikkei.co.jp/news/article.aspx?id=20061215ax012n1


東京都はどうやらオリンピック誘致に関連づけて進めたいという意向があるようだ。景観の向上は都民の注目も高いから、知事選に向けた布石というひねくれた見方も可能かもしれない。
都で全体方針が決まった後、市区に下りてくるという順序になるようだ。
景観計画が策定後に、条例が制定される段取りになっているようだ。



○京都府
http://www.pref.kyoto.jp/toshi/resources/1162261802188.pdf
景観条例(仮称)パブリックコメント資料

朝日新聞 2006年12月19日 屋外広告規制に対する広告業界の反発
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200612190023.html


京都府は東京都に先行して、既に景観計画ができていて、景観条例にいよいよ着手したところのようだ。
広告業界の反対意見は市も市民も耳をほとんどかしていないようだ。




参考 
1) wikipedia 「景観法」
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AF%E8%A6%B3%E6%B3%95

2) 景観行政ネット (国土交通省)
http://www.keikan-net.org/index.htm
| 風景について| 22:33 | comments(0) | - |

風景を記憶するための装置
二夜連続で風景について書いてきたので、さらに書いてみる。
僕の場合、書くことで自分の考えをまとめることができるから、書きながら、自分の考えに核融合のような変化があるのではないかといつも期待してしまう。

風景を記憶するための装置は、プルーストの時代には紙と鉛筆しかなかったけれど、技術の発展とともにさまざまなものが出てくるようになった。カメラであり、ビデオカメラであった。
また、この10年間くらいのインターネットの進展によって、これまで発信が限定されていた(例えば映画会社、テレビ局などのマスメディア)のが、個人の自由な発信が可能になりつつある。

僕が最近ネット上をさまよっていて、感銘を受けたのは、仲俣暁生さんの「海難記」に載せられていた下北沢の映像だ。

 http://d.hatena.ne.jp/solar/20060212/p1

世界の最後の下北沢、と名づけられた仲俣さんの映像は、下北沢の町の風景を愛情をもって撮影したものである。映像からは、映像をとっている人のまなざしの優しさを感じ取ることができる。
そうしたまなざしこそが、僕らが風景を記憶するときのまなざしなのではないかと思うのだ。

デジタルビデオカメラを渡されて、自分の住んでいる町の好きな風景を自由に撮ってみてください、と言われたら、おそらく心の余裕のある人であれば、仲俣さんほどの映像がとれなくても、恐らくそれに似た映像を撮ることができるのではないだろうか。
駅の周辺を撮り、並木道を撮り、古い家並みを撮り、老木を撮るかもしれない。
僕らはそのとき初めて、風景を記憶するための装置を意識的にとりあつかうことになるのだと思う。それは、一瞬一瞬の忘れてしまうであろう記憶の集積を拾い上げる行為なのだと思う。
もし、それが失われてしまう風景であれば、その記憶する過程の意味は大きいものになる。
僕らはそれを手元においておき、それによって自分の風景を自らの感覚の中だけではなくて、形として残すことができ、さらには他の人にも見せることができる。

そして、インターネットでの個人発信。僕らの記憶の中にある風景はアーカイブとなって、いろいろな人の記憶の中にも潜りこんでいくことができる。
もしそれがある地域の中で公開されて、互いの記憶を交換することになれば、やがて地域景観としての共通項が形を現していくのではないだろうか。
共同作業を行わなくても、あるいはサーバのむこうがわの世界を握るgoogleであれば、人々がインターネットを通してアクセスする数々の映像の中から、その地域景観に重要な景観の要素に得点づけることも可能かもしれない。

僕がもし何かの拍子に景観関係の研究に舞い戻るのならば、そうした風景を洗い出す作業をやってみたいと思う。
僕がもし何かの拍子に小説をふたたび書こうとするならば、そうした風景を描き出す作業をやってみたいと思う。

| 風景について| 23:31 | comments(0) | trackbacks(6) |

記憶と風景
ワインを飲みながらキーボードを叩いているからうまく書けるかわからないけれど、記憶と風景について書いてみる。

僕は「記憶」と「風景」という言葉が好きだし、実際、普通の人以上に興味をもっていると思う。
「記憶」は、自分の人生のある一点で感じた思いがよみがえる過程のことをいうのだと思う。
プルーストの小説は、まさに記憶について書いているような小説なのだと思うけど、主人公の記憶に残るものは彼の人生の中で栞をはさまなければいけないような瞬間なのだと思う。
人は記憶をよみがえらすことで、それを懐かしみ、何かを哀しく振り返ったり、胸を痛めることができる。
そうした感情の発露がその人の人生を奥行きのあるものにするのだろう。
もし、老人になって、その人が若いときの感興を何も思い出すことができないのならば、それはどんなに哀しくて平板で味気ないことだろう。
人はある時点の記憶が、哀しくても、苦しくても、いや哀しくて苦しいからこそ、それをとどめておこうとする。
だからこそ、映画や小説の中の他人の記憶のリフレインすらも、まるで自分の記憶のリフレインのように扱って、涙することができるのだと思う。

記憶こそが人の感性の豊かさなのだという意見もある。
記憶がなければ、何かを懐かしんだり、哀しむこともできないからだ。
だからこそ、人の一生の中で記憶するべき栞をはさむことこそが、その人の豊かさにつながるのだと思う。

もし、平板な毎日であったら、栞をはさむこともできないだろう。
あるいは平板な毎日に慣らされたら、栞をはさむ瞬間というものを取り逃がしてしまうかもしれない。

そして、もし、風景が平板であったなら、僕らは何の感興も起こさず、そのために何の記憶も残さないかもしれない。

よく引用されるプルーストのマーマレードと紅茶の嗅覚からなる記憶のように、僕らは五感によって記憶を呼び戻す。
風景は視覚に訴え、さらには嗅覚、触覚、聴覚に訴えるものなのかもしれない。
もし、僕らから風景が奪われて、どこにでもあるような平板なものに入れ替わってしまったらどうだろう。
僕らは何も思い出しはしないし、どこにも回帰することもできない。

だから、僕には地域景観が織り成す独自の風景というものは重要だと思う。
そこに住む人たちの感性を成り立たせているものだからだ。
河瀬直美の「萌の朱雀」では田舎の風景の中で、言葉を発さなくとも、心を通わせることのできる人たちを描いていた。
彼らは風景を共有しているからこそ、お互いの痛みを分かち合うことができた。
実際、映画の外であっても、田舎にいけば、風景を分かちあうということが頻繁に行われていて、知らないもの同士でも一つの言葉だけで、心を通わすことができる。
だけど、都会ではどうだろう。梅林脇の駅への小道であればまだ僕らはどうにかそうした心のやりとりができるだろうけど、果たして同じような車が並ぶ駐車場の脇で心を通わすことができるのだろうか。
風景を失うことというのは、自分たちの心を失うことと同義なのかもしれないよね、なんて考えるととても寂しくなる。

| 風景について| 23:58 | comments(0) | trackbacks(0) |

地域景観について
このところ、東京では街の風景についての論議が活発になりそうな気配がある。

ひとつは国立駅の駅舎移転
 http://www.hit-press.jp/kunitachist/station.html

もうひとつは日本橋の高速道路の移設である。
http://www.worldtimes.co.jp/syasetu/sh060302.htm

どちらも、
|楼莊粉僂魄靴い覆ら、バブル前には開発優先で地元住民による議論の場すらなかったかもしれないような事例であり、
改めて地域景観とは何かということを考えさせる事例であり、
7粉冓歔瓦里燭瓩療垰垪導発とコストの天秤の問題が脚光を浴びている問題だと思う。

特にについては、日本橋の例においては、現在の小さな政府路線にもとづく公共事業の縮小化を考えた場合、開発を再開発に置き換えただけのものであるのではないかという議論がある。
また、国立の例では、駅舎の移転・保存費用をもつことを、これまで景観保全に対して他の自治体より数段神経質とも思える地方議会自体が、コスト面から否決してしまっている。

そう考えた場合、△魏めて考える必要性が出てくる。
地域景観が果たして僕らにとって、特に地域住民にとってどれだけの意味があるのかということだ。

僕が思うに、地域景観というものは、自分の琴線やキーボードにあたるものだと思う。
毎日、眺めることによって、それはひとつの音を生み出し、自分の中で想像力を喚起させることができる。
また、心のふるさとなんていう言葉があるけど、自分が回帰していける存在でもあるのだと思う。

でも残念ながら、その価値を数量的にあらわすのが非常に困難な類のものであり、常にそれは後回しにされる。

もし、駅までの路に、空き地があって、そこに毎年見事に咲き誇る梅の木があったとする。
その存在は決して、それがなくして街がありえないような類のものではないけれど、知らず知らずのうちに住民の心に刻み込まれている風景なのだと思う。
もし、その風景が突然どこにでもある駐車場か何かに変わって、なくなったとしても、僕らの多くは以前そこに何があったかもおぼろげにしか思い出すことはできない。
でも、何かが欠けてしまった気にはなる。
それは、自分の中のキーボードの音のひとつのようなものなのではないか。
僕らは知らず知らずのうちに、自分の想像力の喚起力が落ち、回帰する場所を失っているのだ。

この例は僕が今住む駅前の話だ。

だから、僕は地域景観というものの価値を数値化できる客観的指標を定める必要性を感じている。
そして、あるものを保全したり新たに開発しなければならないときに、開発コストと保全にかかるコストを比較していく土台とするべきだろうと思う。

また、そうした数値化というものが否応なく、地域住民にとっても地域景観が自分にとってどれほどの意味をもっているかいうことを考えさせる契機になるのだと思う。

| 風景について| 22:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
Page: 1/1   

Category

Search

Entry

Comment

Archives

Link

Feed

Others

無料ブログ作成サービス JUGEM

Mobile

qrcode