m11019「絶望の国の幸福な若者たち」 社会全体としては問題あるが本人たちは幸せ ★★
m11019「絶望の国の幸福な若者たち」 古市憲寿 講談社★★

20代でこれだけの書籍を出す方なので、さすがに内容は興味深く読ませる。但し、先行する論説を年齢や地位など無視してバサバサ切り捨てていくのは凄いのだけど、それと裏腹に自己愛の強さや冷めた態度が透けて見えてしまって、多分そこが反感を買うだろうなとも思う。

内容は、極めて困難な社会状況の中にあっても、若者は幸せに暮らしているのだという事実を突き付け、その理由が‐来それ以上に好転しないことを若者が悟っていること(将来が今より良くなる可能性があれば現状に満足することはない)、同じような仲間と繋がって自分が承認されていることで、その「島宇宙」でよしとしてしまっていること、という仮説を立てている。

また、著者がピースボートでの経験から引き出した自説として、島宇宙たる共同体に安住できることで、目的性が失われるということも書いている。

いずれもなるほどと思うのだけど、この状況が厄介なのは、幸福感の中にいる人を変えるのは難しいということだ。社会の動きを感知しないで生きていく人が多くなるのは、社会が変わっていく原動力が失われてしまうために問題が多いのだけれど、幸福感の中にいる人を引っ張り出すのはとても難しいような気もする。そもそも、若者以外が若者を批判するのはお門違いで将来に希望がもてない今の状況を創りだした先行世代にこそ問題があるのかもしれない。(それで今の若者は・・・とご託を並べられては若者も可哀そうかもしれない。)

自分は仕事で先日、大学の社会学の先生とお話したのだけれど、先生も同じことを危惧されていた。閉塞した自分の世界の中で満足して社会とのつながりをもとうとしない学生が多いことに。先生は学生のうちから社会とのつながりを意識することが大事なのだとおっしゃっていた。
(12月中にJRの中央線や埼京線等にポスターとして掲出しているので読んでみてください。)
| 読書(その他)| 22:41 | comments(0) | trackbacks(0) |

最近読んだ本のメモ
m11014「斜陽」太宰治
時代の変化の中で没落していく貴族を描いた作品。
時代の中での代々守ってきた家柄が崩れていって、自己の意味を模索して悩んでいるのは、太宰治その人の悩みなんでしょうね。

m11015「明日の広告」佐藤尚之 アスキー新書 ★★

m11016「明日のコミュニケーション」佐藤尚之 アスキー新書 ★★★

m11017「実存と構造」三田誠広 集英社新書 ★★★
 絶対的な権力がなくなって自由が与えられて、さてどう生きるか考えたところで実存という考え方が出てきた。カミュやカフカはそこから文学を展開していった。一方で構造主義は実存主義における個々人の生き方の模索も実は歴史上では伝説や神話の形をとりながら繰り返されているものであり、そうしたパターンを捉えて生き方を考えていけば、個人の悩みだって脱却できるはずだよという考え方のようだ。
 三田先生の文章はとてもわかりやすいので、とってもお薦めです。実存と構造からカミュ、カフカ、フォークナー、中上健次、大江健三郎らの文学作品を座標に落としてくださるので、文学の読み方に新たな視点をいただけます。

m11018「日本は世界5位の農業大国」浅川芳裕 講談社+α新書 ★★★
 日本が農政上、唱えている食料自給率は、農水省の省益を守るためのものであって、日本の農業の足を引っ張っているものでしかないということを看破している。読んでわかるのは、日本の農業には国としての戦略がなく、政治家は票集め、農水省は省益(省の仕事をつくって天下り先を確保すること)が自己目的化してしまっているということ。
そして、生産性を高めている専業農家を後押しする政策をとらずに、兼業農家や年金農家といった人たちに金をばらまくという全く意味のないことを行っているという。
問題とされている耕作放棄地についても、生産性の向上に伴って、農業を行ううえで非効率な土地が放棄されているだけの問題であって、減反政策を掲げながら、耕作放棄地を再生することに予算をつぎ込むのは自己矛盾化していておかしいとする。(なるほど)
一方で、国家戦略がないだけで、日本の農業は世界で競争していけるのだと浅川氏は主張する。そうやって考えると、TPPは日本の農業に競争を生み出すことができてよいのかもしれない。

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b11013「官僚の責任」 国家や国民ではなく、省のことを優先する人たち
 原発の問題で、経産省、保安院、東電の所謂「原子力ムラ」の癒着が根底にあるのを知ったわけだが、なぜ、日本の頭脳のトップクラスである官僚が、このような事態に陥ってもなお機能不全に陥っているのか知りたいと思って、この本を手に取った。

筆者の古賀さんは、経産省改革派の官僚で、全く歯に衣着せぬ主張を展開する(おかげで、6月に解雇になったそうだ・・)。
株式会社ならば会社の利益のために奮闘するわけだが、国家公務員も省益のために奮闘していることが明かされる。省益(天下り先確保、自己保身含む)が確保されれば、国民や国家に不利益になっても気にしないというところに大きな問題があるようだ。
そのため「霞が関は人材の墓場である」と古賀さんは喝破する。官僚が省のことだけしか考えない視野狭窄に陥ってしまうために、日本は停滞を余儀なくされている。

そのための仕組みそのものを変える改善策(国民利益に立った人事評価の導入、プロジェクトでの若手育成、給与の右肩上がり抑制等)を古賀さんは並べているのだけれど、惜しいかな、それは省益とは逆のようで解雇されてしまったわけだ。

経済が成長しているときは官僚の堕落も国としてカバーできるのかもしれないが、危機に陥っていたときに自分のことしか考えない官僚しかいなければ、その国がどうなってしまうかは歴史を紐解けば一目瞭然ではないか。
民主党は改革を行うと旗印を掲げながら、何が問題かを見極める仮説を立てる力が足りなくて(つまり勉強不足)で立ちいかなくなったと古賀さんは言う。改革ができる政治家を国会に送り出して、その政治家に対して少しはプレッシャーもかけてみるのが、国民の務めだと思う。
| 読書(その他)| 08:23 | comments(0) | trackbacks(0) |

b10022「出現する未来」 断絶から一体感へのベクトルの変更
P. センゲ,O. シャーマー,J. ジャウォースキー,野中 郁次郎,高遠 裕子
講談社

勉強会用に読んだ本だったが、著者の一人にピーター・センゲが名を連ねているから、これはてっきり経営学の組織論の話なのかと思いこんでいた。
読んでみて、(冒頭は久しぶりにこういう本を読んでとっつきにくかったわけだが・・)実は哲学をベースにした本であり、それも対話ベースで書かれていて、これはかくあるべし論ではなく、・・・ということではなかろうか?的な話の進め方になっている。

ジョセフ・ジャウォースキーの文明から完全に外れた自然の中でのソロ活動の体験記が面白い。文明の中での習慣を捨てて、自然に合わせた生活を数日間行っていくなかで、彼は自然や動物と一体感を得ることができるようになるのである。

この「一体感」というのがこの本のキーワードである。それに対応する反対の言葉が「断絶」である。
科学技術の進歩によって、僕らは生じた問題を解決することができるようになった。
例えば農業生産の収量増のための化学肥料や農薬・・・。
でも、それは根本的な解決になっておらず、対症療法的な解決手段でしかなかった。
対症療法的な解決手法に、依存してしまって、全体像がつかめなくなった。また、構造の複雑化が拍車をかけてしまった。

だからこそ、「一体感」のもてるビジョンを見つけ出し、みんなが共創できるような状況をつくりあげなくてはならないのだ、というのが筆者たちの考え方だ。
それをU字理論としてまとめているが、結局、この本では頭で考えて導き出す論理的な解決手法では限界であり、誰かがそれをトップダウン的に、あるいは組織の旗印として掲げるというやり方ではいけないのだとしているから、理論が先にありきということではないのだろう。

必要なことは、やるべきことを見出し、その価値観を共有できる人たちと一緒に、創りだしていくことなのだろう。

僕はこれを読みながら、今行おうとしているお茶畑再生プロジェクトやファームプロジェクトもまったく同じことなのだろうと思ったわけです。
断絶から一体感を取り戻すための活動であり、それはビジョンに共鳴した人たちが共創していくものであるという点で。

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b10013「人間の器量」 過去の器量の大きな人を懐かしむ本 ☆
福田和也さんの「人間の器量」を勉強会用に読んだ。
一読して、あまり自分には面白く思えず、多忙極まりなかったというのもあるけれど、結局勉強会にも足を運ばなかった。

現代の日本において、戦前にいたようなスケール(器量)の大きな人がいなくなったことを嘆き、過去の人を懐かしむという構成になっている。
スケールが大きい人がいなくなったのには、それを社会が求めなくなったからで、そうした人がたとえいても社会において脚光を浴びなくなったからだと僕は思う。
少なくとも組織の中では、組織を逸脱してしまうような人はそこから出されてしまうということがあるのではなないか。
また、社会全体としても社会の定規からはみだしている人を叩き、貶める傾向が強いと思う。
そうした社会に問題があるのであって、教育が問題であるという福田さんの主張は、教育が社会のニーズに従ってなされている以上、二次的な問題を扱っているようにしか思えなかったわけです。

序盤からそんな感じで、それでも薄い本なので全て読んでみたのですが、日々の仕事でのきりきり舞いで(特に社会の定規に当てはまることに対して)疲れていた夜にこれを読んでいると、これはこれでちょっとした慰み物となりました。この本は、その定規にこだわらなかった人を称賛しているからです。作者も想像しなかった副産物的効果なわけです。

勝ち負けを度外視して虚心坦懐を心がけるべきだという勝海舟の言葉や、宮本常一の父親の「先をいそぐことはない。後からゆっくりついていけ」という言葉が心に残りました。
| 読書(その他)| 11:33 | comments(0) | trackbacks(0) |

b10008「日本辺境論」 辺境日本のしたたかな戦略 ☆☆☆
 内田樹さんによる。過去の学者たちによって提唱された日本論のとりまとめ。
日本人について改めていろいろな示唆が得られた。

この本に書かれている論旨は以下の2点
1.日本人は他社との関係性によって自分のポジション・存在意義を見つけ出す民族である。 
 それは中国が世界の中心(中華)として君臨していて、日本は辺境の属国「奴」の国でしかなかったという始まり方。世界の公式ルールを知らなかったという言い逃れを適当に使う戦略を行ってきた。
2.日本人は後発者の立場から模倣をすることに長けているが、自分が先行者となって他国を導くことが不得意である。


| 読書(その他)| 22:36 | comments(0) | trackbacks(0) |

b10004「オーガニック革命」 オーガニック・ライフが時代の先端になった ☆☆
オーガニックに注目が集まりつつある中でかなりよいタイミングで出てきた本。
著者の高城剛さんはどこかで聞いた名前だと思ったら、妻曰く「沢尻エリカの旦那さんじゃない?」。あーなるほど。

サブプライムを機にする世界的な金融危機の後に、ロンドンなどではライフスタイルの見直しが行われてきた経緯が語られている。これまでの大量生産大量消費型から、ファーマーズマーケットやオーガニックカフェ、レンジフリー(放し飼い)の鶏肉などに代表されるようなオーガニックな野菜を食べていくようなライフスタイルが出現して、これが急速に注目を集めているということだ。
筆者自身も生活を改善して、オーガニック・ライフを地でいくようになったということだ。
これは実は僕自身にも言えることなので、まったく違和感がなかった。ただ、ここ東京より、ロンドンでは金融危機のダメージが大きかった分、ライフスタイルの転換が顕著なのだろう。

ただし、グローバリゼーションによるフラット化からリキッド化に向かっていく中で、ハイパーノマド(固定資産を多くもたずに自由に生活拠点をかえていくような生き方)が重要となるくだりは、オーガニックとはまた別のムーブメントではないかと思う。
ハイパーノマドとしての生き方は、かっこいいと思うが、論理的な説明になっていなかったように思う。(それでも筆者はそうした生き方の転換について触れたかったのだろう。)

ただ、新しいムーブメントやライフスタイルを取り上げて、そうした生き方に自分自身をシフトさせていくといき、それを本として表明するということは、実はふつうの人間ではできることではない。学者だったら、どうしてもアカデミックな事例を集めて、まとめるくらいしかできないだろう。筆者自身が実践しているという点で、この本は面白いものになりえていると思う。


| 読書(その他)| 00:46 | comments(0) | trackbacks(0) |

b10003「なぜ若者は保守化するのか」 冒険した若者に戻るところが用意されていない社会 ☆☆

山田昌弘氏の新刊だが、内容は週刊東洋経済での連載を一冊にしたこともあり、重複がかなり多い。
若者が保守化するのは、外部環境が大きく変わっているにも関わらず、組織の中ではいまだに高給の団塊世代が居座っており人事が硬直化してしまって、さらに人事慣行が終身雇用と新卒一括採用を崩さないために、若い人たちが組織の末端のポジションにさえつくのが大変になっている状況がある。新卒でも非正規雇用が増えている状況があり、20代の人の正社員率が低くなってしまっている。そのために、自分の親と同じような収入を得ているような男性を女性が見つけにくくなってしまっており、主婦で楽に暮らしたいという願望が強くなるという状況を生み出している。現実的に考えていけば、保守化するしかないということなのだ。

また、そうした中で自分の価値やアイデンティティを保つために、身体であったり、自分が大切にされる瞬間というものに、消費するという現象が起きている。

あとは、いつものようにメモ書き

<<職業や家族にアイデンティティを見いだすことが難しくなっている現在、社会学者のジグムント・バウマンは、「消費」と「身体」によって、アイデンティティを保つメカニズムが主流になると論じている。>>p.36

<<「絶望」という感情さえ個体が生き残るために発達してきたという議論を行ったのが、ランドルフ・ネッセという社会心理学者である。(略)目標の切り替えを促すのが絶望という感情の機能なのである。>>p.51

<<メイドカフェは(略)自分が大切にされているという幻想に浸る環境に対してお金を払っている。>>p.55

非正規雇用を減らすことで<<考えなければならないのは、フリーターの若者がいなくなった場合、フリーターがやっていた仕事は誰がやるのかという問題である。>>p.67

<<商品やサービスに付着したプラスアルファを消費するのが、ニューエコノミーの特徴である。プラスアルファの欲求は次のような特徴がある。
/靴靴ね澣瓩郎欷造ない。商品自体の賞味期限は長くとも、プラスアルファ部分はすぐに効用が低下する。つまり飽きられる。ビジネス側は、つねに新しいものを提供する必要がある。
▲廛薀好▲襯侫”分は、個性的である。(略)個性化した感性の中核にヒットしなければ、見向きもされない。
プラスアルファ部分の内容は、本人も事前にわからず、消費してはじめて満足を得る。(略)消費者は、このような商品やサービスが欲しいと思って求めているのではない。特定の商品に出会うことで、自分の内側に隠されていた感性が呼び覚まされ、それを消費して満足に至るのだ。

プラスアルファを作りだすために必要な能力とは三つのC、すなわち
/靴靴ぅ皀里篩箸濆腓錣擦鮃佑┐弔能力―創造力(Creativity)
∩蠎蠅何を欲しいかを察して引き出す能力ーコミュニケーション力(Communication)
新しい感性に訴え、「クール」であることを判断できる能力―美的センス(Cool)である。
こうした能力を持っていることが、ビジネスで成功する条件となりつつある。>>p.188


| 読書(その他)| 23:55 | comments(0) | trackbacks(0) |

b10002「弁証法はどういう科学か」 ☆
弁証法を扱う自主勉強会用に読んだ本。
田坂氏の本に比べると、内容が込み入っていて、いかにも学者が書いたような構成になっている。本の内容も若干古い。
ただ、噛むと味が出る仕組みになっているので、じっくり読むと発見できることも多い。
僕はざっと読んだ感じ。
| 読書(その他)| 00:24 | comments(0) | trackbacks(0) |

b10001「未来を予見する「5つの法則」」 ☆☆☆
弁証法の自主勉強会用に読んだ本。
弁証法がわかりやすく把握できるだけでなく、弁証法から物事の本質を読み取ることができ、霧が晴れていくような気持ちになれる。

メモ

何かが、「復活・復古」するとき、必ず、何かが、「進歩・発展」している。p.30

「矛盾のマネジメント」とは、矛盾を「止揚」するマネジメントである。p.150

「弁証法的思考」を身につけると、対話を通じて本質を洞察する「対話力」が身につく。p.162

「考える力」「論理的思考力」から「感じる力」「感覚的直観力」へのパラダイム転換が起こる。p.194





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