b09025「アダム・スミス」 弱さを賢明さによって制御することで生まれる経済的繁栄 ☆☆☆
アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書)
アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書)
堂目 卓生

大学院でやっている経済の自主勉強会の指定本。
せっかく読んだのに、今夜は仕事が忙しくて参加できなかった。

内容は、経済学の祖であるアダム・スミスの「道徳感情論」と「国富論」を扱っている。

アダム・スミスといえば、「神の見えざる手」。市場経済は特に何の手も加えなくてもきちんとまわっていくのだ、という理論かと思いこんでいた。

そうではなく、
<<競争がフェア・プレイのルールに則って行われるならば、社会の秩序は維持され、社会は「見えざる手」に導かれて繁栄するであろう。>>p.100
ということだ。
今回のサブプライムの問題も、フェア・プレイのルール自体が機能していたのかと考えると果たして疑問なわけだ。

スミスは道徳感情論で、自分とは立ち位置にいる公平な観察者という第三者がいると想定して、その目で客観的に見つめなおすことによって、自己や他者の行動が正しい行動なのか見極めるという方法をとっている。

その中で賢人が選ぶ「徳への道」と、弱い人が選ぶ「財産への道」
があるとしている。
<<「弱い人」は、つねに世間の評価を気にする人、称賛を欲し、非難を恐れる人であり、「賢人」は胸中の観察者の評価を重視する人、称賛に値することを欲し、非難に値することを恐れる人だからである。>>p.94

<<「弱さ」は一見すると悪徳なのであるが、そのような「弱さ」も、「見えざる手」に導かれて、繁栄という目的の実現に貢献するのである。しかしながら、「見えざる手」が十分機能するためには、「弱さ」は放任されるのではなく、「賢明さ」によって制御されなければならない。>>p.104

こうした道徳を基礎として、スミスが経済論を打ち立てたということは興味深い。

<<スミスは、国民の豊かさに影響する二つの事情のうち、より重要なのは労働生産性の上昇であると考える。そして、(略)労働生産性が分業によって飛躍的に高まることが示される。>>p.147

<<スミスは、分業が進むためには、まず市場がなくてはならないと考えた。しかし、そのための市場とは、独占の精神によって支配される市場ではなく、フェア・プレイの精神によって支配される市場でなくてはならない。>>p.165

<<スミスは、分業が進むためには、それに先立って、ある程度の資本が蓄積されていなければならないと考える。>>p.178

<<スミスは、ひとつの工場で、一人の労働者が全工程の業務を行うよりも、多くの労働者がひとつの業務に特化した方が、労働者一人あたりの一日の生産量は増えると考えた。>>p.179

また、この時代に進んでいたヨーロッパの植民地支配による重商主義の本質が、<<特権商人や大製造業者の貪欲と、政府の虚栄心を満たすために、国民の財産を侵害する政策>>にすぎないと見破っている。p.227

| 読書(経済学)| 23:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
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