b09034「資本主義と自由」規制緩和による自由な市場経済の達成 ☆☆☆ 
大学院の自主勉強会の次回指定本。
これまで勉強会用に読んだ本の中で圧倒的に読みやすかった。
そして、1962年発行にも関わらず、今、この時代に書かれているように内容が新しい。

フリードマンの考え方は規制緩和によって、自由な資本主義の社会を達成するというもの。経済学が自由であれば、政治もまた自由になるという考え方が背景にある。
<<自由人は、国が自分に何をしてくれるかを問わない。自分が国に何をできるかも考えない。その代わり、自分の責任を果たすため、自分の目標を達成するため、そして何より自分の自由を守るために、「自分は、あるいは仲間は、政府という手段を使って何ができるか」を考える。>>p.24

規制緩和は、僕らが一般的に考えるような既得権益や官庁などにくっついた規制だけでなく、年金や免許というところにまで切れ込むからすごい。
小泉・竹中改革の郵政改革や道路公団民営化なども、このフリードマンの規制緩和の考え方に従っていたようだ。本来ならば、そのまま規制緩和を行って、自由な資本主義の社会を目指していくことが、欠かせなかったように思うけれど、結局、リーマンショックなどによって民主党政権に変わって逆回転しだしている。

ロバート・B・ライシュの「暴走する資本主義」をひも解くと、
<<ミルトン・フリードマンが論じているように、確かに資本主義は民主主義にとって必要な条件である。民主主義には中央権力から独立した民間の経済的権力が必要であるからだ。(略)しかし、過去数十年間、とくに東南アジアをみればわかるように、民主主義は必ずしも資本主義には重要ではないのかもしれない。>>p.11

そして、僕らが消費者であり投資家であるがゆえに、企業活動の歯止めがきかなくなっていくスーパーキャピタリズム(超資本主義)から民主主義を市民の手に取り戻すためにはルールづくりが必要ということになる。規制緩和で市場経済に任せて、自由な資本主義社会を達成して、経済成長を図っていくことは大変よいことだが、そこにルールがないと、すべてが欲望のままに暴走しだして、実態のないものへの価値が鰻登りになって、リーマンショックのようなことが起きてしまうわけだ。
多分それが結論なのだと思う。

でも、日本は規制強化の道に進んで、大きな政府が国民の面倒を見ようとしはじめている。国民が依存すれば、既得権益が跋扈して、市場の競争がなくなり、経済成長は鈍化していってしまうのではないか。だからこそ、フリードマンに立ち返る必要を感じる。

| 読書(経済学)| 23:56 | comments(0) | trackbacks(1) |
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