ルノワール展とアーティスト・ファイル2010展
お休みをとって、一日調べ物のはずが、六本木に出て新国立美術館でルノワール展アーティスト・ファイル2010展を観てきました。

ルノワールは、これまで印象派の代表格という位置づけで印象派展の中では観たことはありましたが、彼だけを扱った展示は初めてでした。
観ていて思ったのは、ここには芸術の苦悩も、芸術家としての生活の苦悩もあまりないということ。
ルノワールの親が服飾関係で働いていたため、恐らく若い頃から生活と芸術が密接なつながりがあり、かつ芸術を売り物として生きていくことに抵抗がなかったのではないかと思いました。
客である富裕層たちの肖像画を描いていくことは割と自然な形で受け入れることができたのではないかと思います。
ゴーギャンを扱った小説の中で、ルノワールがゴーギャンのことを悪く言うところがあったように記憶しているのですが、お客さんや芸術家たちとのコミュニケーション力に優れていたであろうルノワールと、狂人的な芸術魂のゴーギャンではそれは馬が合わないのではないかと思いました。
ルノワールは女性の白い肌を描写するのが、構成や配色の点からも抜きにでていますね。
対象をソフトに扱うことに長けています。
現代での評価は当時の評価とさほど変わらないものではないでしょうか。
(逆にその人柄が知れていたゴーギャンや、芸術に忠実なゆえに精神を病んでしまったゴッホとは大違いなのでしょう。)
 (※注:↑芸術史に疎いのでどこかに誤りがありそうです。あくまで僕のイメージです。)




アーティスト・ファイル2010展は、非常に楽しめました。
ツイッターで書いたものをペーストしておきます。(連動させる機能があるんでしょうが、わからないのと、こちらは匿名性が高いブログなので・・・)

アーティスト・ファイル2010の展示 が面白い。特に、桑久保徹さんの世界観にひかれた。世界で同時進行で進むある価値観にもとづいた世界。人は案外、ある一つの世界の中で生きていて、その世 界がいろいろあるのはわかっていても違う世界については知らぬ存ぜぬかもしれないと思ったよ。
・斎藤ちさとさんの泡の世界は、まるでボ リスヴィアンの世界だな。日々は泡でしかない。
石田尚志さんのつぎつぎと動いていく映 像は、世界は終わることがないけど、個人レベルではすべてを見通せない限界を暗に示していて、少し哀しくなったな。潮の響きのするインスタレーションには 少し涙。僕の日々の営為の明らかに小さいことよ。
仕事と大学院はまさに日々の営為だけ ど、頭の中はテトリス型のブロックの山。たまにアートでも見ると、残骸整理ができてよいものだ。理屈ぽい自分のソフトを一時的にアンインストール。








| たまにアート| 18:27 | comments(2) | trackbacks(0) |
Comment
(^<^)/ 芸術に触れる時間は心を豊かにしてくれますよね。
私は時々…上野の美術館に行きたくなったりします。
土日は混むので、平日を狙ってですが・・・。

六本木にもあるのですね!
千代田線で行けそう・・・。

ちょっと気になるのがアーティスト・ファイル2010展ですね!

また後で紹介されているHPを覗いてみますね!
今、チラッと見てみましたが、^^興味あります。


Posted by: chicchi |at: 2010/03/11 8:37 AM


chicchiさん

六本木の国立新美術館は知事選に出られた後、早逝された黒川紀章さんが設計されたということで、かなり斬新でモダンな建物ですよ。
建物の中は、重厚な感じがあって、空母か飛行船の造船所のような印象です。
アーティスト・ファイル2010展もなかなか楽しめましたよ。
Posted by: パキラ☆ |at: 2010/03/11 11:48 PM










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