b10019「幻影の書」 不在と孤独によって、むしろ生は希求される ☆☆☆
ポール・オースター
新潮社

2002年に発行されたポール・オースターの「幻影の書」。
筆致に冴え、ストーリー展開の絶妙さもさることながら、そこに込められた人の生についての不可思議さに魅了される。

主人公にとって、生は落ちること、愛しい人たちが高みから落ちていくことで、彼は人生をいったん離脱してしまう。
魂が抜けて、孤独の中でひっそりと生きていく。
その孤独を破るものが、ヘクターマンの喜劇映画だったということ。
そこから、主人公と同じように自分の生をいったん離脱してしまったヘクターマンの生涯をなぞっていく。
主人公がようやくヘクターマンにたどりつき、自分の生を取り戻したかと思われるが、その瞬間、全ては再び瓦解して空中分解していく。

自分の存在は誰かの存在によって確かめられて、意味をもっていく。
しかし、その誰かの不在が突然やってきたとき(つまりは自分に孤独が訪れるとき)、自分の存在も不確かなものになっていく。

他者が存在していることは、自分の存在すること以上に、確かなものではない。
というのは、自分が不在になればそれはこの人生という映画のエンディングにすぎないが、大切な他者が不在となっても、自分の身体はこの世にどうしようもなく残っているからだ。
身体をどのようにひどく扱ってみたとしても、生は残り、孤独はさらに強まっていく。

ただ、逆説的だが、不在と孤独を知っているからこそ、人は生に恋焦がれるのだと思う。多分、それが生の意味だと思う。不在を身体で知ったものだからこそ知り得る至福。

この本では、最後のほうで出てくる無声映画の描写が素晴らしい。
映像が文字の中から浮かび上がってくる。
そうした読書体験ができることに感謝。

| 読書(小説)| 00:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
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