「橋を渡ったら泣け」 人間性はかくも脆い


渋谷bunkamuraで生瀬勝久演出(土田英生作)の「橋を渡ったら泣け」を観て来た。

何らかの天変地異により8人だけ(大倉孝二・奥菜恵・八嶋智人・小松和重・鈴木浩介・岩佐真悠子・六角精児・戸田恵子)が生き残るという極限状態で人間性を保つことができるのかどうかということを主題にした作品。
ゴールディングの「蝿の王」やサラマーゴの「白の闇」、あるいはラース・フォン・トリアーの「ドッグヴィル」などと同じテーマということになる。
他の作品と同様に、この作品においてもリーダーが暴走し、土着的な宗教的要素を強めていくことで、根源的な暴力の下で他の者を支配しようとする。そうした混乱状態に決着をつけて、芯のしっかりとした新しいリーダーが取って代わっても、始めこそ理想主義をもって統制していてもやがて権力の虜となって同じ過ちを繰り返してしまう可能性をここでは指摘している。

この演劇の中で、そうした少人数でのやりとりがまるで小学校の頃みたいだ、と登場人物に言わせるのだが、すなわち学級崩壊ということもこうしたきっかけで起こりうるのだろうと思う。その空間が少人数の法治外にあると悟ったとき、人間性というのは案外脆いものなのだ。
しかし、そうした文明の化けの皮の剥がれた人間ってなんて醜い争いをするものなのだろう。
今生きているこの平和な民主主義的で法治下にある世界も、そうした醜い争いの上に賢人達がどうにか積み上げてきたものなんだね。
| 観劇| 21:58 | comments(0) | - |
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