b09002「実践 環境経営論」 環境経営の考え方が網羅されている ☆☆☆
実践 環境経営論―戦略論的アプローチ
実践 環境経営論―戦略論的アプローチ
堀内 行蔵,向井 常雄

お勉強用に環境経営論の本を読んでみました。
地球温暖化のような地球環境の悪化が、大量生産・大量消費・大量輸送・大量廃棄という20世紀のパラダイムの限界であることを踏まえ、21世紀には「持続可能な社会」へのパラダイム変換を行わなければならないということが、環境分野の共通認識になっているという歴史的過程がわかりやすい。
92年のリオデジャネイロの地球サミット(UNCED)で持続可能な開発の基本理念が共通認識となって、それがこの十数年のうちに、環境マネジメントの様々なフレームワークや手法を生み出している。
例として、EMSの規格、ライフサイクル・アセスメント(LCA)、環境適合設計(DfE)、環境ラベル、環境会計、環境法といったものだ。
企業は、環境経営も、公害防止→公害予防→競争戦略→持続可能経営と移っており、環境CSRの重要性も示唆している。

環境経営については網羅されておりまさにテキストといった感じだ。
ただ、日本が目指そうとしている、低炭素社会については概念が新しすぎるためか、触れられていなかった。

昨日、環境の教授とお話した際には、21世紀を展望する長期的ビジョンとして「持続可能な社会」、2025年頃までの中期的ビジョンとして「低炭素社会」の実現を目指していくということが、現在の標準的な共通認識であるということだった。これが抜けてしまうと、問題意識やレベルが異なってしまうために、同じ土俵で環境分野での話ができないということになってしまうわけだ。
| 読書(環境)| 09:47 | comments(0) | trackbacks(0) |

b08084「排出権取引とは何か」 最初に読むには最適 ☆☆☆
排出権取引とは何か (PHPビジネス新書)
排出権取引とは何か (PHPビジネス新書)
北村 慶

排出権取引の制度、意義、問題等がまとめられていて、とてもわかりやすい本だった。

そもそもの温暖化の問題については、2度までの上昇であれば、植物の生育にとって好ましく、北米やシベリア等高緯度地域での穀物収穫量を増やす効果があるとしています。しかし、それも2度が限界で、それを超えると、温暖化のメリットをはるかに上回るデメリットが地球全体に及びとのことです。p.18

そこで、CO2を自助努力で減らす、CO2の吸収減を増やす、の次の手段として、「温室効果ガス排出権の購入」があると位置づけています。


中国にはCO2排出量が決められていないのに、排出権を国家で売っていることへの違和感については、こんなふうに書かれている。

<<京都メカニズムは、経済成長と地球環境保全を二律背反と捉えるのではなく、中国等の発展途上国の経済成長への願望や豊かになりたいという欲求を正面から否定することなく、少しでも地球環境に優しい経済成長をしてもらうための「経営発展と地球環境の対立に柔軟性を持たせるメカニズム」であるといえるでしょう。>>p.97


また、京都議定書が定める国別の温室効果ガス削減目標が、(すでにエネルギー効率が欧米の2倍、中国の8倍といわれる)日本にだけ厳しすぎるのではないかという点については、

<<たとえそれが事実だとしても、いったん合意したことを覆すことはできないし、責任ある国家としてなすべきではない、と考えています。
 EUや米国の大統領候補等が、20%や40%等という超長期の大規模な削減目標を議論している現状では、この6%削減は所与のものとして考えざるをえないと思います。>>p.115


また、今後、京都議定書の90年度比較マイナス6%達成のためには、排出権を購入せざるをえなく、2008年春現在の排出権(CER)は1CO2トンあたり3000円程度で取引されていることから、2012年も同価格とすると、6300億円〜8400億円の税金を投入することが必要となると計算しています。p.160

| 読書(環境)| 23:50 | comments(0) | trackbacks(0) |

b08083「環境経済入門」 大量生産大量消費大量廃棄のワンウエイ型→循環型社会へ☆☆☆
環境経済入門 第3版 (日経文庫 A 36)
環境経済入門 第3版 (日経文庫 A 36)
三橋 規宏


環境経済を広く知るにはうってつけの本でした。
大量生産→大量消費→大量廃棄のワンウェイ型のモデルはもはや通用しなくなって、今は循環型社会を志向しなければいけなくなっているという論理展開はわかりやすい。

地球温暖化が問題であるということには賛否両論あるようだが(今後、問題ではないという本も読んでいくつもりだけど)、ここでは世界的に平均気温が2〜3℃の幅で上層すると食料生産が増加から減少に転ずるということが挙げられている。また、サンゴ礁の死滅の問題や洪水被害の問題を挙げていることから、現在の僕らの地球上での生活が現在の温度を基本としているものであるため、急激な変化に対して、居住環境の対応ができないといった人的問題と、生物も対応ができないという生態的な問題があるようだ。それにハリケーンのような異常気象もあるかな。
以前、読んだ本で養老さんはかなり楽観的なことを言っていたけれど、実際には(対応にコストが相当かかって)楽観さだけでは(経済学的にも)対応しきれないのだと思った。

環境経済学の最大の関心事は、環境と経済のトレードオフの関係を解決することにあり、両者の両立によって、地球のサステイナビリティ(持続可能性)を維持することにあるとのことだ。p.168

一方、経済学の問題点として、〕限性やストックという概念が著しく希薄であること、⊃祐屬魴从儿舁性だけで行動する存在と位置付けている、ことにあると筆者は言う。その代わりに、同情(シンパシー)や使命感(ミッション)での行動することもあるとしている。

ワンウェイ型のモデルに代わるものとしては、ストックを活用した循環型システムとなるわけだが、そこでは適正生産→適正消費→ゼロエミッションになるという。

環境学は新しい概念が次々と出てきて、法律や世界的な規格もどんどん変わっている。そうした中で、現在の環境と経済との関係性をつかむのに的確な本だった。



| 読書(環境)| 22:35 | comments(0) | trackbacks(0) |

b08081「LOHASに暮らす」 Positiveなロハスの生き方 ☆☆☆
LOHASに暮らす
LOHASに暮らす
ピーター・D. ピーダーセン,Peter David Pedersen

イースクエアのピーダーセン社長の著作。
打合せ前に読もうと思っていたのだけど、結局読んだのは終わった後になってしまった。
ロハスの商標をいち早くとって、日本へのロハス普及の中心になった方の本なので、ロハスへの理解が進みます。

まず、エコとロハスの違いは、エコが地球環境問題から自分を見ているという方向に対して、ロハスは自分から環境を見つめるという形になっています。自分には消費活動なども含まれているわけで、そこから環境を考えるというのはとても自然体なわけです。

社会でロハス層とされる人々の特徴として4点挙げています。p.57
1.環境・健康に関心が高く、実際に行動に移している。
2.社会的課題に対して意識が高い。
3.自己啓発や精神性の向上に関心が高く、購買意欲も強い。
4.気に入った商品を家族や友人にすすめるなど、発信力が高い。

また、その社会背景として、これまで未来学者ヘイゼル・アンダーソンの
考えになりますが、エコノミーがマネーエコノミーの競争ばかりだったところで、ラブエコノミーとして協力していけるものの架け橋が必要だったということもあるようです。

この本では様々なロハスビジネスの行方についても紹介していますが、究極のロハス的な新しい仕事を、社会起業家としていてp.150、ちょっと嬉しく思いました。

北欧と比べると、日本ではロハスのライフスタイルが定着しきれていないようですが、それは日本では市場圏や政治・行政圏が強い一方で、生活空間が弱いということがあるようです。日本では、生活空間(シビルソサエティ)に住んでいる人々は消費者であるけれど市民でない、としています。p.204
僕もこの点、同意見です。だから、企業論理がまかりとおったり、お役所が四角四面な考え方でセクション益を保持するために箱物インフラを整備してしまったりするのでしょう。
また、日本では、市場圏と政治・行政圏の結びつきが強くてパイプが太いために、タックスペイヤーの払った税金は、タックスイーターと呼ばれる利権団体に流れる構図になっているのも問題だとしています。(確かにそうですね。)


| 読書(環境)| 01:49 | comments(0) | trackbacks(0) |

b08060「偽善エコロジー」 批判だけして偉ぶるのは簡単です。 ☆
偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書 (た-5-1))
偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書 (た-5-1))
武田 邦彦


エコロジーの意識の高まりに、細かなちゃちをつける内容かなという感想です。
著者は資源材料工学の博士ということで、その分野のことについては、現在考えられているエコロジーの概念そのものが誤っていることも確かに間違いないのでしょうが、エコロジーへの取り組みそのものを否定しようという態度が、高みから学者ぶっているようで感心しません。
そもそも否定論から入るというのは、何事も簡単であって、だったら私はこうするのだという処方箋を示すことができないのであれば、意味はありません。
どのような改善に向けた行動も最初は誤りもあるでしょう。それを少しずつ改善しながら進めていくことが重要なんじゃないでしょうか。

ちなみにCO2の削減は日本の削減量はたかがしれていて、まじめに取り組んでいるのは日本だけだから、あまり意味がないという論理ですが、日本が今後世界に通用していくのはその分野の技術力なんじゃないでしょうか。
エコロジーの意識づけでも、さらに後からついてくる国への技術提供のためにも、日本はがんばらなければならないと思います。

そのほかにも多々論理が成り立っていないところ、主観的なところ、論理がMECEでないところが見受けられました。
批判に対しては、多分人は批判で返すわけです。
前向きにならなければ問題は解決できません。失敗を繰り返して問題は解決されるのだと思います。こういった方に教育を受ける方は批判精神と前向きなものへの嘲笑だけが育ってしまって不幸だと思います。
科学者を自称するならば、問題解決のための行動を少しでもとっていくべきです。
| 読書(環境)| 21:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
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