b09048「希望を捨てる勇気」 この停滞を打ち破ることは可能か ☆☆☆
池田信夫さんのブログはよく読んでいるし、著書もいくつか読んでいることもあって、展開される議論については既視感があった。

日本経済の停滞は、雇用の流動化が生み出されない終身雇用に問題の根源があり、定年間近の既得権益を守るために、若者の雇用が犠牲になっているということが前半には書かれている。ここまでは城繁幸さんの理論の肉付けといってもよい。

さらに、本来であれば、労働者を衰退産業から成長産業に移したいところなのに、それができないことの問題が書かれている。アメリカでは、雇用が流動的であり、衰退してきた産業から成長産業への人材の移動が可能なのだが、日本はそれができない。

それは日本の社会が安定性を求めているからなのだが、それが安定性と結び付かなくなっているというところに問題がある。

また、規制についても、貸金業のグレイゾーンへの取締り、派遣労働の雇用の厳格化といった一見、人を守っていくような施策が逆効果を生み出している例を取り上げている。

面白いと思ったのは、組織やコミュ二ティが個人に分解されていくことについての記載。

<<好むと好まざるとにかかわらず、戦後しばらく日本社会の中核的な中間集団だった企業や系列の求心力が弱まり、社会が個人に分解される傾向は不可逆だろう。グローバル資本主義が伝統的なコミュニティを破壊する傾向を最初に論じたのは、マルクスとエンゲルスだった。>>
(略)
<<マルクスとハイエクがともに見逃したのは、伝統的な部族社会がコミュニケーションの媒体だったという側面だ。(略)やがて日本からこうした親密な共同体は消え、「強い個人」を建て前とした社会になってゆくだろう。それが不可避で不可逆だというハイエクの予言は正しいのだが、人々がそれによって幸福になるかどうかはわからない。>>p.100-102




| 読書(その他)| 22:42 | comments(0) | trackbacks(0) |

b09046「自然農法わら一本の革命」 自然農法の実践者の語り口 ☆
環境学部の学部長先生からお借りした本。
僕が農業ビジネスに興味がある話などよくしていたら、この本を勧めてくださった。
多分、勧められなかったら手を伸ばさなかった本のようにも思った。

著者の福岡さんは不耕起、無肥料、無農薬、無除草を特徴とする自然農法を実践された方だ。
米麦連続不耕起直播(稲を刈る前にクローバーの種を蒔き、裸麦の種の粘土団子を蒔き、稲を刈ったら稲わらを振りまく。麦を刈る前に稲籾の粘土団子を蒔き、麦を刈ったら麦わらを振りまくという栽培技術)についても語られており、面白い。

こうした自然農法が存在するということを知り得た点で非常に有効であった。
一方で、福岡さんの哲学には完全にはついていけず。このあたりは、さらっとそんなものなのかレベルで読ませていただいた。

僕が考えているビジネスは、都会の人のスローライフ・ニーズに即したものであって、自然は本来○○であるべきなのだ、みたいなお仕着せはしたくない。
そういうことは各々が考えることであって、自分はこう考えるくらいの軽さでいきたいものだと思っている。

ただ、福岡さんの考える哲学の価値観に、21世紀の思想がちかづいている印象も受けた。野菜もありのままが美味しいと単純に思える人が多くなってきたのではないか。


| 読書(その他)| 20:49 | comments(0) | trackbacks(0) |

b09044「安心社会から信頼社会へ」 ☆☆
陽明学を扱った読書会の授業で勧められた本を読んでみた。

初めの章に書かれているのがこの本の趣旨であり、それを後の章で立証していく形式をとっているが全体の結論がわかりにくくあるようにも思った。

これまでの日本社会では集団主義的な社会であり、安定した集団の中で社会的不確実性を小さくすることにより安心社会を実現していた。
しかし、安心社会が崩れたことにより、一般的信頼を生み出していく必要があり、そのためには身分が固定化するような社会ではなく、何度でもチャンスがあるような開かれた社会にするべきだとしています。

実験では、他人を信頼できる人間は他人が信頼できる人間かどうかを正確に判断することに長けており、一方他人を信頼できない人間は集団での対人関係を正確に理解することに長けているという結果が紹介されています。
他人への信頼性の高低は社会状況の中で学歴等によりその人が認められるか否かにかかっているようです。自分が認められている人は、人づきあいに楽観的ですが、人と多くつき合う分、相手を見抜くことに長けることができるようです。



| 読書(その他)| 00:22 | comments(0) | trackbacks(0) |

b09043「真説「陽明学」入門」 ☆☆
こちらは明日の授業の指定本。
王陽明の思想について、彼の生涯も含めて書いた本。
王陽明が生きた明代では宦官が力をもち、正しいことが必ずしも通らない時代であった。
正しいことを主張した者が命をなくすような時代において、王陽明が自分の思想を展開したことは驚きである。

彼の思想は、心=知は同じであること、また知=行ということである。
孔子の思想を深めた朱子学では、心について言及することはなかったが、陽明学ではここに心をもってきたことが新しかった。日本では西郷隆盛や中江藤樹などが信奉した。
彼の思想は聖人を目指すものであったが、心に引っ張られて、正しい知の判断が出来ない可能性があったように思った。それが道徳を重んじた西郷隆盛が西南戦争で仲間にかつがれて最期を遂げたことにも直結しているように思った。

また、面白いのは王陽明が文人で終らず、武人としても百戦錬磨であったこと。人の心を察し、戦わずして勝つ方法を会得していたことである。


| 読書(その他)| 23:19 | comments(0) | trackbacks(0) |

b09036「EQ こころの知能指数」 幸せになりたいならIQよりEQ ☆☆
大学院の読書会的な授業の指定本。

メモ

1. 本を読んでの感想

・社会生活というものが多様な人間関係の中で営まれている以上、いくらIQ(知性・理性)のみが優れていても、EQ(情動)で優れていなければ、何かを成し得ることはできないということは間違いない。

・自分が過去に受けてきた教育は、主に知識を蓄積する記憶力、読解力、科学的論理力に重きがおかれており、同世代の人は大概そうである。もう少しコミュニケーション力を養ってもよかったのではないか。

人の幸せというものは、IQではなく、むしろEQのほうに意味があるのだろう。人生を仲間との協調の中で、幸せに生きたいのなら、より高めるべきはEQということなのだろう。(社会的に成功したいならばEQにプラスしてIQということだろうか。)

 

2.必ずしもできていないこと(より向上できること)

<<不快な感情をコントロールする能力は、精神の幸福を得るカギだ。不快な感情が極端に強くなったり長時間持続したりする状態は、精神の安定をおびやかす。>>一方で、<<苦しみも、想像性や高い精神性を養う力だ。苦しみは精神を強靭にしてくれる。>>p.110 苦しみを肯定的に捉えて、そこから何かを学ぶことで、人は成長できると思う。ただ、苦しみはえてしてマイナス方向に落ちていくが、そこで舵を波に逆らってプラス方向に向けられるかが大事。そこに自分の感情をコントロールする意味がある。

<<思考し計画を立てる、高い目標に向かって訓練を続ける、問題を解決する、といった知的な能力を情動が阻害するか助長するかによって、持って生まれた才能をどこまで発揮できるか、ひいては人生でどこまで成功できるかが決まる。また、自分のやっていることに熱意や喜び―あるいは適度の不安―のような情動による動機づけがあるかどうかによって、目標達成の度合いもちがってくる。才能を活かすも殺すもEQ次第なのだ。>>p.153  IQが活かせるかどうかもEQ次第であるというのは納得ができる。基本的に社会で認められるような人はIQに加えてEQも高い人が多いということなのだろう。

 

<<笑いは多幸感と同じで、思考の幅や連想の幅を広げてくれる。それによって見えなかったものが見えてくる場合も多い。これは創造的な仕事だけに必要な能力ではなく、複雑な関係を理解し決断の結果を予見するのに必要な能力だ。>>p.162 余裕のないときは失敗をしやすいし、ある一面からしか物事を見ることができずに息詰まることが多い。逆に笑いの出るような適度にリラックスした雰囲気のときにはアイディアが浮かび、共同作業もうまく進んでいくことが多い。(リラックスしすぎは×)

<<希望をもちつづける能力の高い学生は自分自身に高めの目標を課し、しかも一所懸命努力してその目標を達成する力がある。知能が同じなら、学校の成績を決めるのは希望の力だ。>>p.165 希望はプラス思考と高い目標設定と実行力を生み出す。夢・希望が大きい人間は強い

<<「フロー」は忘我の境地だ。「フロー」状態の人間は目の前の課題に熱中するあまりすべての自意識を忘れ、日常生活の些事を―うまくやろうという意識さえ―忘れてしまう。「フロー」の瞬間にはエゴが消失している。>>p.172  あるところまで自分を追い詰めて、集中したときに初めてフローの心境になれると思う。自分が、仲間が、相乗的にそうした気持ちになれたなら素晴らしい。(実際には最近の日常生活においてそこまで集中することがないようにも思う。)

<<対人能力を決定するひとつの要素は同調性をどのくらい器用にこなせるかだ。(略)優秀なリーダーや俳優の条件は、このような方法で何千という聴衆を動かす力をもっていることだ。>>  人の心との共鳴性のようなものを会得して、それがプラスの方向に動くものであれば素晴らしいだろう。それには自分が人の感情を運ぶ乗り物(飛行機、ロケット、空飛ぶ絨毯)のようにならないといけない。 以上

 

<おまけ>

・自動思考(自分自身や自分の人生にかかわる人々について瞬間的に脳裏に浮かぶ仮定的背景のようなもので、そこには深層に存在する心的態度が反映されている)により、自分が犠牲になっているといった思考が引き金になって情動のハイジャックが起きてしまうと、人間関係(夫婦関係)がうまくいかなくなってしまうため、心を静めるように気をつける必要がある。また、男性は女性に比べて議論を避ける傾向があり、女性は男性を糾弾しすぎる傾向にあるので注意が必要である。

<<「不安に過剰反応する子供のためによかれと思って挫折や不安をすべて取り除いてやる母親は、逆に子供の不安感をひどくしていると思います」>>p.397


| 読書(その他)| 23:55 | comments(0) | trackbacks(0) |

b09028「抜擢される人の人脈力」 人とのつながりがチャンスを生み出す
抜擢される人の人脈力  早回しで成長する人のセオリー
抜擢される人の人脈力 早回しで成長する人のセオリー
岡島悦子

大学院で授業を受けている岡島講師の本。
人脈というのはあまりそればかり考えるのも変だとは思うけれど、人のつながりも運、そこから何かが生み出されるのも運ということになれば、それを積極的に構築していくことには意味があるということになる。

だけど、人に抜擢されるにも能力がないと声などかからない。
それを岡島講師は、ビジネスに必要な心肺機能と呼び、
 崘召亡世鬚く」くらい頭を使う
▲咼献優江紊僚ね緇譴鯊慮海垢
自分の名前で仕事をする
の3点を挙げています。

人脈の構築で人から声がかかるような人間になるには、
ー分にタグをつける
▲灰鵐謄鵐弔鮑遒
C膣屬鮃げる
ぜ分情報を流通させる
ゥ船礇鵐垢鮴儷謀に取りに行く
の5つが挙げられています。

確かに今の仕事でも大学の先生を急きょ探さないといけないときは、この本でいうところの人脈が生かされているのだと思います。
もし、それが大きなチャンスであれば抜擢ということになるわけですね。

| 読書(その他)| 22:23 | comments(0) | trackbacks(0) |

b09021「大学の教育力」 大学教育に求められているもの ☆☆
大学の教育力―何を教え、学ぶか (ちくま新書)
大学の教育力―何を教え、学ぶか (ちくま新書)
金子 元久


大学職員の研修用に読んだ本。

一応メモ書き。
<<基礎能力と意欲がより主体的な学習への参加、そしてより深い体験を生み出す条件となっていることを示している。こうした意味で授業が基礎能力や意欲を生み出し、それが授業を通じてより高い基礎能力や意欲を生み出す、というサイクルが機能することが大学教育のインパクトの機軸をなすのである。>> p.156

<<日本の高等教育の基本的な特質は、学生の主体性を暗黙の了解として、学習を制御する志向と手段が弱体である。>>p.165

<<日本の大学は一方できわめて専門的な教育に傾く傾向がある反面、すべての学生に必要な修得基準を明確にせず、したがって成績評価も厳格さを欠くところがあった>>p.166

<<重要なのは、教員が学生の学習状況を把握し、また学生と教員との間に緊密な関係が生じていること>>p.166

<<他方で日本の大学教育がこれまで前提としてきた学生の学力や学習態度が劣化していることに対応する改革も重要であり(略)、教科的な学力の上で大学の学習の基礎ができていない学生に対して、一定の準備教育を行う、「補償教育」(remedial education)である。>>p.167

<<日本の大学教育の改革の方向の一つは、学士課程全体をつうじての到達目標の明確化と、個々の授業での達成目標の明確化である。>>p.170

<<自明の答えがない問題について、学生自身がみずから答えを模索することが、学習の効果を深める意味でも、またその模索の経験自体が重要な中核能力を作る意味でも、きわめて重要>>p.172

| 読書(その他)| 22:30 | comments(0) | trackbacks(0) |

b09018「日本の難点」 まるで現代小説の裏に潜む記号全集のような本 ☆☆☆
日本の難点 (幻冬舎新書)
日本の難点 (幻冬舎新書)
宮台 真司

相変わらずの宮台さんの理路整然とした論調。
これ以上、わかりやすくはならないくらいにわかりやすく書いたとあるけれど、やっぱりわかりにくいところはあるもので、そんな小市民なところにちょっと落胆したり、それでも面白かったり。

この本では、<システム>と<生活世界>の対比について記載があって、これがまさに村上春樹さんの文学テーマと重なっていて面白かった。

<< <システム>の全域化によって<生活世界>が空洞化すれば、個人は全くの剥き出しで、<システム>に晒されるようになります。「善意&自発性」優位のコミュニケ―ション領域から「役割&マニュアル」優位のコミュニケーション領域へと、すっかり押し出されてしまうことになります。 >>p.34

モダンとポストモダンの説明もある。わかりやすくなるほど、と思える一方で、うまく人に説明できなかったりする。(もう少し噛み砕かないとだめだね。)

<< <生活世界>を生きる「我々」が便利だと思うから<システム>を利用するのだ、と素朴に論じられるのがモダン(近代過渡期)です。<システム>が全域化した結果、<生活世界>も「我々」も、所詮は<システム>の生成物に過ぎないという疑惑が拡がるのがポストモダン(近代成熟期)です。>>

また、地方にみられるような国への依存では、土建屋が同じような構造物をつくっていき、郊外のロードサイドのようにすべてが画一化されていって、独自の文化がなくなっていくといった問題があり、ここに対抗していくには、
1.道徳よりもシステム(外部経済ではなくて、内部経済でのシステム化により自立を目指す)、2.合理よりも不合理(利己的な打算ではなく、それを超越して利他的に取り組んでいく姿)が大事だとする。
この結論って、実は循環型社会を社会起業的なビジネスモデルで成り立たせないという自分の志向性と実は同一なんじゃないかなとも思ったり。


| 読書(その他)| 23:51 | comments(0) | trackbacks(0) |

b09014「働き方革命」 どこまでも前向きな社会起業家が広めようとする働き方とは ☆☆☆
働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法 (ちくま新書)
働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法 (ちくま新書)
駒崎 弘樹

社会起業家でフローレンス代表の駒崎さんの著作。
社会起業家としての仕事について書かれているのだと思ったら、タイトルどおり働き方に絞って書かれているのだが、大変面白い本だった。

今の世の中で働くことに焦点を当てていくと、どうしても暗いところばかりに目が向いてしまうのだけど、駒崎さんはかなり前向きに物事を改善していくことに情熱をもった方のようで、ここで書かれている働き方の提言は社会全体をよくするものにつながっている。
彼が社会起業家たる由縁も分かったように思った。

問題があったときに、それを問題のせいにして、匙を投げるようなことをしない。そのベストの解決法を探し求め、それを他の人たちに感染させていくようなところがある。

駒崎さんは始めから働き方や生き方が洗練されていたのではない。彼もNPOの代表として、超多忙な毎日を送っていた。それを変えたのは、半ば自分に対する暗示であり「すりこみ」である。
ふとして受けたセミナーで言われた「目標は必ず言語化し、繰り返し見て、自分自身に刷り込んでください」という言葉。
この言葉のとおり、9時18時の仕事生活、ワークライフバランスの徹底を自分に刷り込んでしまう。

そこから見えてきた新しい世界の見え方、生き方。
社会や家庭や周りの人を大事にする生き方。

素晴らしい本で、おすすめです。

僕も自分に刷り込んで、良い社会にするための良い仕事ができるようにしたいなって思ったわけです。


働き方に関連するキーワード
・成功ではなく成長
・就社ではなく就職
・良い会社に行けば良い仕事ができるではなく、良い社会にするために良い仕事をしよう
・自己実現ではなく社会実現(あるべき社会像の実現)を通しての自己実現」
・目指せ年収1000万ではなく、目指せありたい自分
・キャリアアップではなく、ビジョンの追求
・自分探しではなく、コミットメント(参画・貢献・自己投入)の連続による自己形成
・・・・

| 読書(その他)| 22:39 | comments(0) | trackbacks(0) |

b09012「思考の補助線」 ☆☆
思考の補助線 (ちくま新書)
思考の補助線 (ちくま新書)
茂木 健一郎

<<アインシュタインは「感動することを止めてしまった人は、死んでしまったのと同じである」という意味の言葉を残している。>>p.118

と紐解くように、この本の命題は日本人の知的レベルの低下・低俗化を嘆き、そこからどうしたらよいかの羅針盤を定め、強い潮流にも負けじと舵をきろうといった気概で書かれている。また、その中で進路を示すべきである知識人が専門の穴に入り込んでしまっていて、部分問題に熱中していて、全体の問題に対して目を向けることができないことに対しても問題視している。

文章自体は、いくつかのコラム的な話の寄せ集めとなっているため、全体が論理的に構成されているわけではない。ただ、遊びのない文章となっていて、読者に対して安易な妥協をしようとしない本のようにも思える。

脳は他人から褒められた時にドーパミンが放出されていく、つまり個性を形づくる人格もそこに関係していく。
ひとりひとりが独立した個性を形づくり、(対話や批評が可能となり、)全体としての知的レベルをあげていくこで、お手軽なファーストフード的な知的理解で満足しないことが可能となるというのが茂木氏が見出したひとつの解決の道である。

また、旅を比喩として、旅のはじまりで無限に思えたものがやがて(良くも悪くも)有限であることを知っていくことと同様に、物事を学び知ることもそのようなことであるとしている。

<<人生は無限が有限に転化していく過程である。(略)
 成長することが、具体化することのよろこびとともに、必然的に空白の喪失という失望を伴うことを、注意深い観察者はみな知っている。>>p.148

そういった有限を知るという痛みに向かっていかなければ、思考の自由はありえないのだとしている。
<<養老孟司さんに、「外国人からみると、日本人はまるで生きていないように見える」と書かれる。われらが同胞の間には、価値観や行動規範を社会に仮託して自らは考えないという態度が蔓延しているからであろう。>>p.220

古典等の中の偶有性(=他の状態でもありえるが、たまたまその状態であること)を絶対視して、生活現場とつなげる努力をしないという態度ではいけないという立場をとる。
知のレベルを上げるということは、(漱石のような)批評精神をもって、絶えず物事を捉えなおしていくことなのだろう。
茂木さんはこの本を通して、あらゆる人にその必要性を説いている。たとえ、それが貧者の一灯にしかならなくても、布教者をしていくのが自分の使命なのだと、引き受けている。


安易な解で妥協せずに、自ら問い直すこと、それがほんとうにできれば素晴らしいことなのだが・・・、それを始めると部分論で終わらずに全体を引き受けることになるため、茂木さんも悟っていらっしゃるとおり、なかなか難しいですよね。ただ、知的レベルの低いところで安易に満足していてはだめなんだよというお言葉はごもっともです。
| 読書(その他)| 21:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
Page: 2/9  << >>

Category

Search

Entry

Comment

Archives

Link

Feed

Others

無料ブログ作成サービス JUGEM

Mobile

qrcode